Dacang's profile中国の田舎の街でPhotosBlogListsMore ![]() | Help |
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中国の田舎の街でいつまでも忘れられない、中国の大切な人達 April 20 老朋友新朋友 3さて土曜日、約束の時間に待ち合わせの黒石礁というバス停まで行きました。ショッピングセンターがあって賑やかです。しばらく待っていると、昨日とは違うお友達を連れて、麦兜さんがやってきました。お友達は日本語もできるそうですが、やっぱり中国語でお話しましょう。簡単な朝食をとってから、いよいよ旅順行きのバスに乗りました。
旅順までは45分くらい。途中の峠には大連の医科大学があって、とてつもなく広大な敷地に立派な建物がたくさん建っています。近くには、有名な大連外国語学院もあります。
星期六,说好的时间到黑石礁汽车站打车去了。在那边有购物中心很热闹。过一会儿麦兜跟着新朋友一起来,听说她会日语,但还是汉语来交流吧。吃了一点早餐,终于坐大巴到旅顺出发了!到旅顺要45分钟左右,路上有大连医科大学,用地很广大有很多宏伟的建筑。在附近也有很出名的大连外语学院。
旅順は軍港があるため、1990年まで開放されていなかったそうです。街自体はあまり大きくないものの、海の匂い一杯の街です。早速歩いて白玉山に登りました。普段の運動不足がたたり、ちょっと登っただけでかなり疲れる。でも頂上から見下ろす旅順港は、昔から軍港になるだけあって複雑に入り組んでいて、とても綺麗です。頂上には日本軍が建てた高い塔も残っています。
その後は南子弾庫という、砲台陣地に連れて行ってもらいました。日本軍やロシア軍が使っていた砲弾が展示されているのは、昔のトーチカ陣地とその奥にある砲弾庫です。旅順港にやってくる敵の軍艦を攻撃するための陣地ですが、普段は普通の農村のように偽装し、今に至るまで完全に破壊されたことはないそうです。
听说因在旅顺有军港,到1990年没开放。城市不算很大,但有大海的滋味的城市。到了就爬了白玉山,因平时没有做什么运动,爬一点就觉得很累了。但从顶山看到的旅顺港是,不愧是个从古到今一直特别好的军港,地形复杂,很漂亮。顶山还遗留着日本军建筑的古塔。
然后我们到叫“南子弹库”的炮台阵地去了。在清代的炮弹库展示着很多日军和俄军的炮弹。为了攻击到旅顺来的军舰有这个阵地,但平素装一般的农村,所以到现在没有完全的破坏过。
お昼ごはんには美味しい大連の海鮮料理を食べて、午後は203高地に行きました。ここは日露戦争の最激戦地で、日本ロシアとも、多くの軍人が犠牲になったところ。登ってみると遠く旅順港が見渡せて、軍事的には重要だと思われますが、今ではただの小高い丘です。当時の戦争指導者たちの強引な命令のもと、地獄のようなこの丘に飛び込まざるを得なかった人たちの心を思うと、今のこの平和がいかに貴重なものか、あらためて胸に染み渡ります。
中午吃了很好吃的大连海鲜,下午去了203高地。人都知道这里是日俄战争的最激战地,两军都很多军人被牺牲了。从顶上很远看到旅顺港,应该是个军事的重要地方,但现在是很普通的一座山冈。想到遵从当时的战争指导者的强硬命令,无可奈何得到地狱投入自己的人们的心情,重新铭刻在心现在的和平多重要。
最後は日俄監獄址を訪れました。網走刑務所を思わせるような放射状の建物で、囚人、それも日本側から見た政治犯が、いかに劣悪な環境を強制されたかがよく分かります。とくに実際の絞首刑場を見たのは初めてで、太いロープと、かなりの落差のある構造に、胸が苦しくなりました。
最后拜访了日俄监狱旧址。是網走刑務所似的放射状建筑,一看就很容易想到当时的囚犯(但他们只是对日本的政治犯而已)处在多恶劣的环境。特别是对我来说这次是第一次看到了绞刑架的实物,很粗的绳子,很大的落差,觉得很心疼。
旅順は中国・日本・ロシアが入り混じった、複雑な、そして悲しい歴史を持った街です。特に日本人にとっては、侵略者としての悪行をまざまざと見せ付けられる街でもあります。中国人の友達と行くにはあまり適当ではないのかもしれませんが、反面、中国人と日本人が一緒に訪れることにこそ、意味があるのでしょう。当時の事情は今では想像することも難しいですが、砲火を交えるという事は、結局無数のごく普通の人たちが傷つき、死んでいくということ以外の何物でもありません。国と国との争いを避けるのは難しくても、戦争という手段に陥ることだけは、今後二度と許してはならないと、この旅順への小旅行で改めて強く感じさせられました。
旅顺是个中国/日本/俄罗斯很复杂混合的,有个不幸福的历史的城市。特别是对日本人来说,明确的被显示当侵略者的许多恶行的城市。所以有可能不合适跟着中国朋友一起去,但还是中国人和日本人一起去才有意义。当时的各种各样情况很不容易想到,但交战是,最后还是只是无辜的很多老百姓被受伤被杀掉而已。虽然国家和国家的矛盾很难解决,但还是怎么也要避免交战的手段。到旅顺的小旅游让我重新认识这个事情。
(正しい中国語は、麦兜さんのコメントを参照しましょう!添削多すぎ修正不可・・・)
April 16 老朋友新朋友 2事前の約束どおり、麦兜さんにご飯をご馳走してもらいました。大連の料理はあまり辛くはないそうで、辛いものを食べると汗がたくさん出てしまう私にはちょうどいい味付けです。もちろん海鮮物が美味しいのですが、私は肉の千切りをいためたやつが好きなので、これも注文。次々と出てくる料理は美味しいのですが、量が多すぎて食べ切れません。結局残ってしまったものをお持ち帰りにして、楽しい食事が終わりました。そのまま歩いて、麦兜さんの職場の銀行へ。
彼女の銀行は中国一番の銀行、日本で言えば日銀みたいなものですが(ここまで書けば、誰でも知ってるあの銀行)、昔と違って中国の銀行もとても綺麗で、サービスも格段によくなってきました。彼女が自慢している通り。ただ、私の街では相変わらず怒鳴り返されたりもしますが・・・
根据我们的约定这次是麦兜请我客了。听说大连的菜不是很辣,我这个人吃辣的就出汗了不得了,所以对我大连的菜是真对口味的。当然在大连海鲜是最好吃的,但因我喜欢吃肉丝,订了鱼香肉丝。菜一个接一个得出来都很好吃,但菜太多了很遗憾吃不了,打包拿回去了。然后我们一起到麦兜的单位走过去了。
她的单位是中国最大最出名的银行。不像以前那样现在的中国的银行很干净,服务态度也越来越好了,她经常自豪这点。但其实在我住的小城市的银行就是还是像以前那样,有时候被骂的呀・・・
その後はバスに乗って、星海公園へ。星海公園はとにかく大きくて、端から端へ歩くだけでかなり疲れてしまうほどです。周りには近代的なマンション群や展覧会場があって、たくさんの人が凧を揚げて楽しんでいます。ちょっと遠くには西洋の古城を模した博物館も見えます。そしてさらに進むと、海が見えてきます。この海のちょっと向こうはもう日本。意外と大連と日本は近いのです。
またお話をしながら公園を抜けて、今日はホテルに帰ることにしました。帰りは路面電車。中国では大連にしかないそうです。どこまで乗っても1元なのでとても便利。だけど公園からは乗る人が多く、通勤時間帯の山手線のような超満員。
然后我们坐大巴到星海公园去了。星海公园特别广大,从头到尾走过去的话就够累。周围有很多先进的公寓和展览馆,很多人放着风筝玩的。往远看像欧洲古城的博物馆也看得到。再走过去到了海边,这大海的对面就是日本,其实大连离日本不远的。
边讲话边走回来,今天要回宾馆了。回来的路坐了路上电车,听说在中国大连只有路上电车的。坐到那里也只要1块钱很合算,但因为我们从公园上车人特别多,像上班时间的山手线超级满员!!
電車から降りて、麦兜さんとは今日はここでお別れ。「市政府前で降りるのよ!」と教えてもらってバスに乗りました。知らない街の知らないバス停で降りて、「ホテルは人民広場の裏側よ」という情報だけでホテルに着けるほど、大連は小さな街ではありません。案の定、道に迷い、道路掃除のおばちゃんに道を聞いても「言葉分かんないわよ!」とすげない返事。適当に道を曲がって、麦兜さんにメールしながらふと見上げると偶然にもホテルの前。やれやれ、タクシー拾わなくてよかった!でもおかげで人民広場や市政府の立派な建物もゆっくり見ることができて、結果オーライでした。明日は旅順に連れてってもらう予定ですぅ!
下电车了今天跟麦兜要告别了。“在市政府要下车啊!”她告诉我要下车的车站,我一个人上了公交车。但下车后我只有“你的宾馆在人民公园的后面啊!”的情报,大连是个很大的城市,在不熟悉的大城市在不了解的车站下车也很不容易回到宾馆的。果然迷了路了,跟打扫阿姨问路也只能听到“听不懂!”的一句话,没办法,随便拐过去,边跟麦兜打手机信息边抬头看,偶然在眼前看到了我住的宾馆!哎呀呀,刚好没打车的呀!但从结果来看,慢慢得能看到了人民公园和有历史的市政府,还是感谢麦兜吧!明天请她带我去旅顺噢!
(正しい中国語は、麦兜さんのコメントを参照しましょう!添削多すぎ修正不可・・・)
April 12 老朋友新朋友 1先週の週末に、大連へ遊びに行ってきました。
大連には、naoさんのブログを通じて知り合った麦兜さんが住んでいて、ご馳走するから、というので、思わず遊びに行くことにしたのです。今年から法律が変わり、清明節が国のお休みになって、ちょっと旅行するのが便利になりました。また大連へは、私の田舎街から週3回フライトがあるので、わずか1時間で着いてしまいます。
上个周末到大连去玩了。通过nao姐的博客认识的"麦兜"住在大连,她说她请客,我就决定过去了。法律改了一点,从今年开始清明节放假了,所以去小旅游很方便了。而从我的小城市到大连一个星期有3次航班,一个小时就能到,特别方便了。
大連に行くのは1年半ぶりです。前回は、以前私の部下だった通訳さんが大連に住んでいて、彼女の家を訪ねに行きました。今回も時間があったら遊びに行きたいと思っています。
1時間は本当にあっという間。お昼にはもう大連に着いちゃって、早速麦兜さんに連絡。2時半くらいには時間がとれるとの事で、先にホテルに行って休むことにしました。
阔别1年半之后的大连,上次是去看我以前的翻译。如果有时间这次也到她家去玩吧。1个小时很快就过去了,中午已经到了大连立即给麦兜打电话了。她说2点半以后才有时间,所以先到宾馆去休息了一会儿。
約束の時間に、レストランの前で待っていました。うーん、それにしてもどんな人かな?まだ会った事はおろか写真すら見たことない。本名だって知らない。ちょっとドキドキして待っていると、「Dacang!」と後ろから声がして、思わず振り返ると、友達と二人で歩いて来る麦兜さん。想像していたよりずっと理知的な素敵な女性でした。
说好的时间在餐厅门口等着她。嗯--,会是什么样的呢,连照片都没看过,姓名都不知道的。稍微心跳得等待着她来,突然有人从后面喊我[Dacang!],不由得回头看就看到了跟朋友一起来的麦兜。她的样子比我想象的要理智,干练。不是天真的小女孩!
と、ここまで書いたら、初めて中国語ブログも書いたので思いっきり疲れました。この後は第2回に続く・・・
写到这里,因这次是我的第一次中文博客太紧张了够累了,下次再写吧!
March 25 煙突の街2週間ほど前に、吉林省の長春という街に行ってきました。緯度は北海道と同じくらいなので、冬はとても寒くなります。会社の同僚に長春出身の人がいて、子供の頃はマイナス40度近くなったそうですが、今ではマイナス25度位までしか下がらないそうです。
チンタオ空港から1時間半、長春の街に到着すると、やはり北海道に似た北国の街の匂いがします。田畑の間にある樺の木が白く、うねうねと丘が続き、浅い春の光の中、どこか寂しげです。
長春は今では自動車産業の街。有名な一汽自動車の基地になっているので、自動車関連企業がたくさんあります。また古くは満州の中心となった町でもあり、当時の建物があちらこちらに残っていて、「東亜経済新聞社」などという日本の新聞会社そのもののような新聞社が残っていました。街にはどんどん新しい建物ができていますが、やはり沿岸地域の街と比べて発展のスピードはあまり速くはないようです。
仕事で疲れたので、足マッサージに行きました。担当してくれた女の子は地元の出身なので、街のことを色々聞くことができました。
新しい建物にはすべてスチーム暖房が入っていて、マイナス25度になっても建物の中に居る限りとても暖かいそうです。ただし問題は暖房費用が高いこと。一冬で1500元以上かかるそうです。これは若い人の一か月分の収入に相当するわけで、かなりの金額です。
農村部には当然スチームがないので、「カン」(炕) と呼ばれるオンドルがどの家にも作られています。カマドで火をたいてその熱を一段高くした床の下に送るわけで、もちろんスチームほどではないものの、比較的過ごしやすくなるそうです。ただやはり燃料に石炭を使うと一冬1000元以上はかかってしまうので、現金収入の少ない農家にとっては、大きな負担になります。
ただし中国も東北地方は美味しいお米の産地なので、一般的な農家でも8000元位は収入があるそうです。私の田舎街の農家では、3000元位が普通なので、かなり恵まれていると言えるでしょう。もっともこれは中国の税制が3年ほど前に変わり、農家から土地使用料などを徴収しなくなったのが大きいようです。それまでは私の街では1500元位でしたので。
空港までの道路の両側に広がる雄大な畑、そしてその農家の屋根には、どの家からも「カン」の煙突がかわいらしく出ています。次に機会があったら農家にお邪魔して、温まってみたいと思います。
February 11 またまた、上海帰りーのー中国のお正月を上海で過ごして、今日また田舎街へ帰りました。
上海の大晦日の夜といえば、花火。ホテルでうたた寝をしていたら、派手な音が響き渡り始めて目が覚め、あわててコートを着て街の中に飛び出しました。今回のホテルは南京路なので、飛び出すとすぐ、あたり一面花火の嵐!360度どこを見ても花火が上がっています。
南京路の1本南の通りで派手にやってるので行ってみると・・・
ビルとビルの間で、もー、めちゃくちゃやってるー!爆弾テロじゃないってのー!
花火がビルに当たってガンガン跳ね返るところを見るのは、初めての体験!
30分ほど見ていたら、花火の燃えカスが空から大量に降ってきて体中紙くずだらけになって、煙で目もショボショボになって、耳鳴りキンキンでやっとホテルにたどり着きました。
それにしても今回の上海、大雪による電力制限のせいか、夜の南京路にネオンがない!人はたくさん歩いているのに、それこそ火が消えたように灯が消えている。こんな寂しい南京路は初めてでした。石造りの古いビルが並ぶ外灘も照明がなくて、なにやらゴーストタウンのよう。明珠タワーも薄ボンヤリで、今回上海に初めて来た人は、本当にお気の毒でした。本当はもっと、にぎやかなんだよー!ちょっと派手すぎるくらい、すごいんだからぁー!
それでも上海は上海、楽しいことも一杯あって、久しぶりにゆっくり休暇を過ごせました。雪がたくさん残っていて、ちょっと寒かったけど、これもいい思い出。また遊びに来るからね!
February 05 お正月じゃー!ふんとに大雪に振り回された一週間だったけど、とにかく何とか過ぎ去って、明日からはうれしいお正月休みー! 8連休じゃー!
今年の春節は上海で過ごします。田舎街ではあまりに退屈だし、大雪の影響がまだ残っていて、遠くに行けば帰れなくなるかも。何でも広州駅ではちょっと前まで、ン十万の人達が足止めされて、トイレもなくて、とても人間が過ごせる環境じゃなかったらしい。インタビューに出てた女性は、顔クシャクシャにして「蒸し死ぬかと思った!」と泣いてたっけ。
ドイツ野郎たちも、ドイツに帰ったりバリ島に行ったり韓国に行ったりと、おのおの中国から抜け出して遊ぶらしい。田舎街の生活は、ドイツ野郎にはキツ過ぎるらしいねぇー!お箸を使ってご飯を食べる日本人だって慣れるまでは大変なんだから、食生活の違う連中には厳しいだろう。夕食は毎日クッキーとミルクだと言ってたヤツもいる。
と言うわけで、明日から上海でぇーす!
別にいまさら上海に何がある訳でもないけれど、お正月だもんねぇー!ちょっと美味しいもの食べて(吉野家さんと、ハーゲンダッツと、味千ラーメンと・・・、って、これがお正月の贅沢なのだろうか・・・)、都会の空気を味わって、仕事忘れてぇー、ゆっくり息抜きをしてこようと思います。
それにしても、夕方また雪が降ってきた。高速度道路、通行止めになりませんように!6時間でちゃんと着きますように!いい子にしますからぁー!っと。
January 30 大雪じゃー!中国中部は、25年ぶりとも50年ぶりとも言われる大雪。ちょうど春運と言われる春節民族大移動が始まったところで、多くの人が影響を受けています。
影響列伝
*6年ぶりに新疆へ帰ろうと、長期休暇申請をした部下が、交通手段がなくなって帰れず今日も出勤。
*広州をはじめ出稼ぎ者が多い街の駅では、数万人の帰省予定者が駅前でウロウロ。寝る場所もない。
*我が社への部品納入がされず、生産ライン停止寸前。ドイツ野郎の総経理は「ヘリ輸送はできんのか!」などと無理な注文。
*会社によっては昼間休業、夜勤生産。火力発電所に石炭が供給されず、昼間の電力は緊急用に温存する必要あるため。
*鉄道・高速道路・エア便閉鎖、ヒトも物も動けない!3日間高速道路上で動けず過ごしている車もあるらしい。
*バリ島へ休暇旅行に行く予定だった総経理が予定を断念、機嫌が悪いのは、そのせいか?
*中国北部は影響なし。大連の「麦兜」さんの話では、ちょっと降っただけみたい。
*日本のお客様まで心配して納入スケジュールを確認してくる。本当に心配なら、少しほっといてくれ!対策で手がまわらないんだから!
*春節は上海へ行って過ごす予定だけど、それまでに回復するかなぁー
*積雪で車庫がつぶれ、車がかなりオシャカになってるみたい。
結論
30cm降っただけでこの騒ぎ。
30cmの雪で、車庫がつぶれるか、普通! 雪国育ちのDacangを馬鹿にしとんのかぁー!
おんどりゃぁー!
おかげで今日は死ぬほど忙しかったんだからー!総経理の機嫌悪いしぃー!
January 28 田舎の結婚式昨日の日曜日は、部下の結婚式でした。
彼女の家は、私の田舎街から更に10Kmほど奥の農村地帯です。パーティー会場は小さな街の小さなホテル。
私がこの街で暮らし始めて9回目の冬、今年は一番の大雪です。でもはっきり分かっているのは、そんな小さなパーティー会場には暖房が入っていないこと。だから思いっきり厚着をして出かけました。上下ともフリースの下着、セーター、羽毛服。もちろん会場では、みんな羽毛服姿のまま食事をします。
さて、会場に着くと、どう見ても私の部下じゃない女性がウエディングドレスを着てお客さんを迎えています。どうやら2組パーティーをするみたい。会場には何の表示も無いので、どこが会場か分かりません。うろうろしていたら、別の部下が私を見つけて、会場に案内してくれました。
普通は受付にご祝儀を渡すのだけれど、その場所も無い。おろおろしていると、親戚らしいおばちゃんが来て記帳簿を開いてくれました。私の街のご祝儀相場は、一般は100元、上司は200元です。記帳して、席に着くと、もうみんな料理を食べ始めています。うーん、それにしても、新郎新婦が見当たらない。早く来た人も、まだ見ていないとの事。まぁいいや、と、みんなと一緒に料理をいただき始めました。
後から後から料理が運ばれて、すでに円卓の上は、載せる場所が無くなった料理が先に運ばれた料理の上に、3段まで積まれています。これはよくある事です。でも、始まってから1時間経っても、まだ新郎新婦は姿を見せません。吐く息は白く、足元は寒く、で、何でこんな所で食事してるのか・・・って、疑問疑問!
ようやく主人公達が登場。彼女は一般従業員で給与も高くなく、普段は全然お化粧をせず、着ている服も質素です。でも今日は、純白のドレスを着てお化粧をして、本当に見違えるほど可愛い新婦さんです。そして新婦さんがこんなに綺麗なのは、お化粧やドレスのせいだけじゃなく、きっと溢れるような幸せが伝わってくるからでしょう。
田舎街のはずれの農村で生まれ育った彼女。生活環境は普通の日本人では想像できないほど厳しいけれど、今は世界で一番幸せです。そんな幸せを分けてくれて、本当にありがとう。もうじき中国はお正月。一生に一度の、最高に嬉しいお正月を迎えてください。
おめでとう!
January 19 無心無心、といっても、お金をねだるほうの無心のお話。
私の田舎街にも、無心する人がたくさんいる。
パターン1
高級レストランの前で無心。老人が多い。レストランから出てくるお金持ちから、おつりの小銭を無心する。暇なときは無心仲間同士でムダ話をして過ごし、会社の同僚みたい。
パターン2
往来に家庭の事情その他を大きくたくさん書いた紙を置いて、歩道の上に正座して無心。中高校生?が多い。ひたすら正座していて、心が痛む。
パターン3
身体に障害がある方の無心。特に足が不自由な方が多い。働けないので、これ以外方法が無いと思われる。
パターン4
二胡などの楽器を弾きながらの無心。老人の夫婦者が多い。綺麗な二胡のメロディーに引きつけられる。
パターン5
子供を使っての無心。幼児がカップを差し出してお金を無心する。生活が苦しいのは分かるが、こればかりは許せない。組織化され、送迎車まであると言う噂あり。
パターン6
道を聞くふりをして無心。話を聞き始めるとつい引き込まれていまうので注意。100元渡しちゃったことがある。
パターン7
普通の無心。老人が多い。歩道でお金の入れ物を置いて座っている。
書き始めてみたら、思ったよりパターンが多かった。街を少し歩くと、無心をしている人に出会う。ごく日常の風景だ。経済の格差が大きく、生活が成り立たず、無心せざるを得ない状況の人が多いのだろう。本当に貧しい訳ではないのに、無心して結構収入のある人もいるらしいが、どう見ても本当に気の毒な人もいる。特にパターン2と3は、心が痛んでしまう。5については、幼児を使う手口が許せないが、本当に苦しいかも知れず、振り切った後の、後味が悪い。
今日も雪が降っている。無心する人たちが寒風の中で座り込んでいるだろう。一部の許せない無心者は別として、本当に方法の無い人たちには今年の冬は厳しい。偽善者になったようでお金を渡すのは好きではないが、今日は午後から街へ出たら、最初に会った人だけには、補助することにしよう。(でも1元だけだよ・・・)
January 15 雪のお話今日は何年か振りに雪が積もりました。あたり一面真っ白です。今日、結婚のために旅立った友達に、まるで天が綺麗な純白のウエディングドレスを準備してくれたようです。
故郷が信州で、自宅から車で15分も走るとスキー場に着くという環境なので、雪についてはたくさん思い出があります。
雪が積もって、太陽が出て表面が溶けて、その夜が寒いと、次の朝は雪の表面だけが凍っています。子供の頃はこの氷の上を歩くことができました。深い雪の上なのに、アスファルトの道を歩くように渡っていけます。小学校までの近道になります。でも気をつけないと踏み抜いて、ズボッと腰まで雪の中。一歩一歩がロシアンルーレット。このスリルと近道の魅力に誘われて、友達といつも雪の上を歩いていました。体重の重くなった大人にはもうできない、子供だけの特権です。
学生の頃は冬山。白と黒だけの世界。稜線直下でキャンプを張り、朝は遥かな下界を見下ろしながら用を足す。風が吹くと雪が舞い上がって、粉雪がお尻全体を フワッ と撫で回すと、背骨の上まで縮み上がっちゃう。
雪の深いところでは雪洞を掘る。雪はとっても優秀な断熱断音材。外がどんなに吹雪いていても、雪洞の中は放送室の中みたいに静か。でも気をつけないと、雪洞の表面が溶けて水の膜ができて、空気を完全に遮断しちゃうので、酸欠になっちゃう。みんなで意識朦朧としてきて、でもなんかとっても気持ちよくて、あと一歩でみんな一緒におさらば~!なんて事もあったっけ。
ホントに寒い夜に粉雪が降ると、アスファルトの上に落ちた雪はそのまま溶けないで振る積もる。朝、思いっきり ドン と足を踏みおろすと、足の周りの雪が10cmくらい勢いで飛ばされて、下から乾いたアスファルトが顔を出す。フーっと吹いても顔を出す。本当に羽毛のように軽いのです。
学生時代は豪雪地帯で暮らしていたので、雪の量が半端じゃない。一晩で1m降る。ほんとに降る。それが何日も続けて降ると、もう雪を片付ける場所も無いわけで、さらに屋根から雪を下ろされちゃって、1階の私の部屋は完全に雪の下。24時間真っ暗。不規則な生活の学生さんは、目が覚めて時計を見て、8時だと分かっても朝の8時か夜の8時か全然分からないわけです。そんな生活が3ヶ月続く・・・
でも一つだけ便利なこと。コタツに入ってテレビ見ながら、寄りかかってる壁の窓を開けると、そのままビールやらコーラを取り出せる。窓の外が冷蔵庫なのであります!
雪のお話、もっともっとあるけれど、いくら書いても尽きないほどあるけれど、今日はここまで。ヘチャポックリ。←(子供の頃、親父がお話をしてくれて、最後にこう言ってた。意味不明・・・)
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