Dacang's profile中国の田舎の街でPhotosBlogListsMore Tools Help

Blog


    May 30

    お仕事


    思い返してみると、一定の周期で仕事を替えてきました。年間1500時間の残業が普通だった新入社員からの9年間、社長・常務と対等に交渉していた8年間、そして中国の田舎の街へ。どうも8年過ぎると、仕事を替えてみたくなってしまうようです。

    これまでのどの仕事も、みんな自分の希望通りのことをすることができました。残業はきつかったけど、一般の人は立ち入ることができない護衛艦の中央戦闘指揮所の中で仕事したり、防衛庁の技術研究本部で何ヶ月も過ごしたり、で、技術者としてはとても楽しかった若き日々。そこから180度転身して労組専従の書記長として会社とわたりあったその次の8年間。会議で年40泊は日本中の有名温泉に泊まってたっけ。

    そして中国へ。それも日本人は全部で30人もいない田舎の小さな街。普通では経験できないことを、この8年でたくさん経験しました。
    さて、この田舎の街で暮らしてもう8年が経とうとしています。 そろそろ、仕事の浮気の虫が騒いでいます。

    この次は、どこで、なにを、やろうかな? 

    でも、きっと中国を離れることはないでしょう。もう日本で生活する気はとっくに失せています。
    住む街を変えて、環境もちょっと変えて、でも、もっともっと中国に居たい、と、つくづく思う今日この頃なのでありました。
     

    May 08

    TARIKI

    旅行中に上海でNHKのBSを見ていたら、五木寛之氏が自著「他力」をテーマにアメリカを旅する番組を放送していました。私は残念ながらまだこの本を読む機会に恵まれていませんが、番組の内容からその本は、親鸞上人の説く「他力」をテーマにしているようです。

    五木氏は、欧米流のアクティブさ、すなわち「自力」だけを賞賛する価値観、また宗教対立によって世界各地で頻発している紛争に対し、「他力」を中心とした東洋哲学が、それらの矛盾を解決していく一つの鍵になるのではないか、という観点で、アメリカの知識人と対話されていました。

    他の多くの人の犠牲や好意があって初めて、今の自分が存在する事ができる、というのは自明のことです。また絶望や悔恨の中から、次に何をすべきかを見出していくことも重要です。自分ではどうする事もできない苦しさをじっと抱いて、その暗い闇の中で、ほのかに差し込んでくる光の暖かさを思い、感謝し、その光の方向へ進もうという心の動きは、私にはとても良くなじむ物でもあります。

    一方番組で登場したアメリカの外科医は、その対極にいる典型的な自力本位の方でした。彼はその長い医師経験から、「絶望の中からは何も生まれない。希望を持った患者だけが生き残る力を得る」という、強い信念をお持ちでした。

    私は現在外資企業に籍を置き、ドイツ人上司の価値観に基づいて働いています。自分の達成すべき目標値を明確に設定し、それに対する達成度を積極的にアピールし、その結果で評価されるのを望むのが彼らの価値観で、実績を上げるためにはあらゆる手段を講じていきます。そのアクティブさが、勝負なのです。
    逆に言うと、実績を上げなかった人は、その理由を問わず評価されません。単に努力不足、または努力の方法が悪かったと見做されるだけです。
    目標を達成した人はきちんと評価されるのですから、きわめて論理的です。それに対するいかなる反論も、色あせてしまうでしょう。

    私は五木氏の強調するところの「他力」の重要性については、おそらく多くの日本人の血液の中にそのエッセンスが流れているものと思います。意識の根底に、他人を踏み台にして自分が駆け上がることへの罪の意識が潜んでいるのでしょう。「他人に迷惑をかけてはいけません」という幼い頃からの教育が、「他力」を意識させる栄養になっている、とも思われます。

    しかしドイツ人の仕事ぶりを目の当たりにし、また中国で長く生活している実感から、逆に「自力」に対する評価が低すぎたのではないか、という自分自身に対する疑問も同時に感じています。

    仕事にせよ私生活にせよ、自分自身で道を切り開いていく、どんな方法でも良いから何とかして問題を解決する、という意識の不足。
    他人に遠慮したり、他人の気持ちに配慮しすぎたりする結果、本来すべき事をして来なかったのではないか、という疑問。

    「自力」と「他力」のバランス。違う言い方をすれば、「他力」の中から生まれてくる「自力」による価値観、「自力」を内包した「他力」。これこそが真の「他力」思想なのかもしれません。

    一度きちんと「他力」を勉強してみる必要があるな、と、考えさせられた番組でした。

    May 05

    家に帰りました。

     
    今朝、2週間ぶりに、懐かしい我が家へ帰りました。
     
    思えば、本当に長かった2週間。
     
    我が街 → 北京 →(機内1泊)→ フランクフルト → ブタペスト → ヴェスフレム(3泊) → ブタペスト → フランクフルト(2泊+1泊) →(機内1泊)→ 北京(1泊) → 宁波(2泊) → 义乌(1泊) → 上海(2泊) → 我が街
     
    長い旅の果てのブタペストでの休日、ヴェスフレムでの美味しいフォアグラ、うねる様に続く丘一面の菜の花、道に迷って飛行機乗り遅れた事、古城でのパーティー(聞いただけ)、フランクフルトのスーパーで買って食べたお寿司の夕食、故宮で死ぬほど歩いた事、宁波でのハイキング、义乌で腰抜かしたこと、上海の新天地でヨーロッパ気分を思い出しながら300元のステーキ食べて、次の日は昼夜2度吉野家だった事・・・・ あー、こんなに沢山の事が、この2週間にありました。(出張先での仕事の内容は、もう完全に忘れてる)
     
    2週間といえば、普通の生活ではあっという間に過ぎてしまうけど、本当はこんなに長かったんだと、つくづく思い返してしまいます。
     
    家に着いて、お魚たちが元気だったのでとてもうれしくて、お水を替えてあげて、ついでに新しいお魚まで買ってきてしまいました。そして2週間分の「One Piece」と「死神」もまとめて見ちゃって、家に帰った喜びをかみしめています。
    今晩は、これからまかないのおばさんが、紅焼肉を作ってくれます。
     
    家に帰って、本当にうれしかったです。 おわり。
     
    May 02

    義烏すんごいとこ

     
    宁波からバスで2時間半ほどで、問題の街、义乌に到着。途中の道は森がいっぱいで、とても気持ちがよござんした。
     
    さて、义乌。着いてみると中国の田舎街の雰囲気たっぷりの、ごくありふれた地方小都市ですが、たった一つ違うところ、それは、中国最大の小物商品市場を持っているところです。
     
    まずは腹ごしらえと、タクシーの運ちゃんに連れて行ってもらったのは、なんと新疆街。とても不思議なことに、新疆ウイグル自治区出身者がメチャクチャ多くて、レストランの中はみんなウイグル族の人たち。聞こえてくる言葉も、もちろんウイグル語。ここで食べなきゃいけないのは、もちろん羊肉のフルコースと、カマドで焼いたばかりのナン。昼真っから羊肉にかぶりつきながらふと見ると、お隣さんは何か白い流動物を食べてる。
    も、もしや、あれはプレーンヨーグルト! そう、中国では砂糖を入れた加工ヨーグルトしか売ってません。速攻で頼むと、まさしく原味のプレーンヨーグルト!!
    おー、長いこと中国(の田舎)で暮らしていて、初めてプレーンヨーグルトを食べた! 何年か前にウルムチに行ったときにも、これには気付かなかった!
    あまりの感動に、ゆっくりと味わいながらおいしくいただきました。 もちろん羊肉もウイグル風味で、抜群においしかった!! また、ブドウのおいしい秋には、新疆へ行ってみたいなーっと!
     
    お腹パンパンになったところで、早速市場へ!3輪自転車に揺られて到着したところは、以前からあった古い方の市場。 ここは今は靴売り場が主流で、ざっと数えて500軒ほどの靴屋さんが集まってる。かなりカッコいい合成皮の革靴が30元!本皮でも安いものは45元! お、恐るべし!
     
    さて、次は最近建てたと言う新市場へ。
    着いてびっくり、アジア人、中東人、アフリカ人、うーん、まるで白人以外の人種のルツボのよう。日本の100円ショップも、多くはここから仕入れているとの事、とりあえず、2階に上がってみました。
    2階は、女性用のアクセサリー市場。ざっと数えて横20軒×縦30軒=600軒ものお店が、若い女性用のアクセサリーだけ売ってる。こ、この異様な雰囲気はいったい何なんでしょう。お店で値段を聞いてみると、結構きれいな指輪や腕飾り、ネックレスなどが5元から10元くらい。小売をしている店もあるけど、多くは1品120個単位でしか売ってくれない。さすがは中国最大の市場です。そう、中国最大ということは、世界最大ともいえるでしょう。
     
    そのまま突き抜けていくと、さらに20×30の区画が登場、さらに歩くとまた20×30が、そしてまた同じ区画が、さらにもう一つ同じ区画が・・・
    なんと20×30×5=3000軒ものアクセサリーショップが市場の2階を占めていたのです・・・ 3000軒と簡単に言っても、1軒5分で見ても、15000分、すなわち250時間かかるわけで、1日8時間見たとすると、31日、すなわち丸々1ヶ月かかっちゃうわけです。1軒10分だったら2ヶ月、1時間見たら丸1年かかる・・・って、一体何なんじゃーーい!
     
    ちなみにタクシーの運ちゃんの話では、この市場の商店の権利を買うと、1㎡=22万元だそうです。私の田舎街では充分新築のアパートが買える値段です。ざっと1軒の店の面積を見積もったところ7.5㎡。よって、1軒当たり165万元の価値があります。この市場は全部で4階あるので、店舗総数は12000軒。これに165万元をかけると、約200億元となります。物価水準で考えると、1元は日本円の100円くらいの感覚なので、中国人の金銭感覚から言うと、2兆円の不動産!!
     
    そろそろ感覚が麻痺してきましたね! ハイ、そうです。 ここは日本人の感覚をはるかに越えた市場なのでした・・・・
    用のない方は、どうぞ行かないでください。この恐るべし街、义乌!
     
    May 01

    宁波よいとこ

     
    昨日から連休で宁波に遊びに来ています。
     
    宁波は今まで出張で何度も来た事があって、特に杭州からの高速道路上で見える山々が、生まれ育った信州の山を(ちょっとだけ)思い出させてくれたので、ゆっくり遊びに来たいと思っていた街です。途中にある紹興と言う街は、日本でも有名な紹興酒の本場で、臭豆腐を好きになった思い出の街!
     
    宁波いいとこ、その訳は、
    1.山に緑がいっぱい!
    中国では一般に緑の山が少ない!岩山や裸の山ばかりが目立つけど、ここの山々は手付かずの雑木林がいっぱいで気持ちいい!
     
    2.空気がきれい!
    緑が多いせいと、海に近いせいか、空気がとてもきれい。北京などはいつも黄沙のような細かな砂が多いけど、ここはいつ来てもOK!
     
    3.女の子もきれい!
    上海・杭州・宁波のゾーンは、地元出身の女の子の肌が白くてきれい! 色白は七難隠すと言うけど、まぁ、うまく隠れるもんです。
     
    4.物価もそんなに高くない!
    欲しいものは何でもある割に、やっぱり少し田舎なので、上海のように物価が高くない! 安心リーズナブル!
     
    その他、今日行った九峰山や天童寺など、緑も川の水もきれいで、リフレッシュできるし、天一広場には何でもあるし(ピザハット・味千ラーメン・ハーゲンダッツの、オノボリさん3点セットが揃ってる)、街も全体的にきれいだし、住むにはいい街だと思います。
    日系企業も沢山進出しているけど、この街で暮らす日本人のお父さんは、とってもとってもとっても幸せだと思います!!(ちょっと面白くない)
     
    と言うわけで、明日は义乌という、何でも作っちゃう、って街へ行ってみまーす!
     

    北京でタコができた、の巻

     
    昨日は時差ボケと睡眠不足でフラフラになりながら、朝の7時に北京に到着。ホテルに行くも当然のことながらまだチェックインできず、荷物を預けただけで街へさまよい出ました。まぁ、こんな事もあろうかと、故宮へ歩いて行けるホテルを取ったので、そのまま故宮へと時間つぶしに出かけたのであります。
     
    連休の初日とあって、故宮も人がいっぱい! でも、なんと残念なことにメインの建物が改修中で、あの壮大な雰囲気が味わえません。よーし、こうなったら故宮の完全制覇、見れる場所は全部見てやろうと心に決めて、ゆっくりと回り始めたのであります。
     
    故宮はそれはそれは広大で、今まで4回くらい来たけど、その度にまだ見たことがない場所がありました。丹念に見たつもりでも、迷路のように入り組んだ建物の中で、いつしか見落としが出てしまいます。そこで入場券と一緒にもらった地図を片手に、ひとつひとつ見始めたわけです。
     
    まず、メインの建物とともに、その脇にある美術品を展示してある建物を完璧に見て回ります。故宮は建物の壮大さに目を奪われがちですが、実は英語名は「The Palace Museum」、美術品が山ほど展示してあるのです。その多くは清時代のものなので、せいぜい200年位しかたっていませんが、なかには紀元前1600年などと言う、日本は原始時代の真っ只中のころの美術品もけっこうあります。特に青銅器や銅鏡、金製の道具に、素晴らしい物が沢山あります。
     
    それにしても、実に広大。2時間歩いてほぼ1/3を見たところでちょっと休憩。出張だったため革靴を履いているので、足がメチャクチャ疲れてます。それでも気を取り直してテーマ館を見始めました。珍宝館と時計館。珍宝館には直径3cmもある真珠や、1.5cmもあるダイヤモンドなど、貴重なお宝がいっぱい。また時計館にはイギリスから輸入したり皇帝工房で作ったりした時計のコレクション、質も数も申し分ありません。蒋介石がめぼしいお宝を台湾の故宮博物館へ持っていってしまったと言いますが、それでも充分に価値のある物ばかりです。
     
    さらに1時間半経過して、足は棒状態。それでも今度は向かって左側をさらい始めました。左側は、清時代の宮廷生活が偲ばれる生活展示館がメイン。そして一番奥にある庭園を見物してまた右側に移動、青銅器館を見たところで、限界に来ました。9時から見始めて、途中あわせて30分ほど休んだだけでもう午後2時。瞬く間に5時間経過。完璧に見るためには、あと最低1時間半は必要。 って事は、ホントに全部制覇するためには、食事や休憩をもっとゆっくり取れば、8時間近くかかる訳であります。
    それでも地図を見ると、観光客に解放されているのは面積にして半分程度。改めて故宮の広さを思い知らされました。
     
    革靴はいて完全制覇を目指した私がバカでした。次は山を登るときのような完全装備で全部制覇しようと心に決めて、マメのできた足を引きずりながら、スゴスゴとホテルに帰ったのでありました・・・
     
    注: 北京でタコができた、ではなく、マメができただけでした。前作に引き続き、題名に偽りありです。失礼!